箱の中で生きる人間と国際線ラウンジおじさん、そしてこれからのぼく

ZINEで代表取締役編集長をやっています、仁田坂淳史です。

6月に入って自粛ムードも少し一段落した感じがしますね。今日はコロナ禍の生活で思い出したNetflix作品の話やらコロナでしんどそうになった友達の話やら人類の話をしたいと思います。

一歩も外に出られない、箱の中で生活する人間

Netflixにブラックミラーという「イギリス版の世にも奇妙な物語」みたいなドラマがあるのですが、コロナ禍での生活は、その作品のシーズン1−2「1500万メリット」と似ているなと思いました。

ネタバレにならない範囲でストーリーをざっくり伝えると、「1500万メリット」は極度の管理社会で暮らす人々の話。この話の中に出てくる人々の生活が、緊急事態宣言化で自宅リモートに勤しむ自分や周りの人たちとほぼ変わらないんですね。

自転車界隈ではいま、ZwiftとかPelotonなどのニューノーマル特需が生まれていますが、あれと同じです。画面のなかで賑やかな世界が繰り広げられ人間は黙々と自転車を漕ぐ。

ドラマの中の彼らも僕らも外に出ることができず、屋内で仕事も食事も娯楽も全てを完結させる生活。現実と違うのは、彼らは仕事としてエアロバイクを漕いで発電しているけど、ぼくたちは運動不足解消のためにエアロバイクを漕ぐ。

この作品を初めて観たのは5年前だけど、まさかこんな日が来るとは思わなかった。

人生の楽しみを奪われた国際線ラウンジおじさん

ここまで引きこもりが当たり前になるとは思っていなかったけれど、来てみると意外と大丈夫だなというのが僕の感想。

海外旅行も今年は行けそうにないけれど別にステイホームも楽しい。今のところ(2ヶ月経過)

一方でこの状況でしんどそうにしている人もいる。

国際線ラウンジが大好きな知人がいるのだが、この状況にとても苦しんでいるようだった。海外出張が多い彼は空港ラウンジで過ごす何気ないひと時にいやしを感じていたし航空会社のステータスが何よりの勲章だった。このご時世では海外出張もなければ、外すら出れない。フライト距離を忠誠度に替えて捧げられる会社も、多額の負債を抱え企業再生の対象になってしまうかもしれない。過去に何度か航空会社は倒産していますが、金融のデフォルトは大きな問題になっても、マイレージの無効化はそこまで問題にならない。

もしそんなふうに事態が悪化すると踏んだり蹴ったりだなあ。当たり前にあった人生の楽しみが奪われるって、生きる上で相当しんどいんだなと話を聞いて感じました。

全く外に出れない…コロナよりつらいガンマ線

そんな知人に仕事はどうなったのか聞いたら、今は段取り組んでるって言うんです。段取り!?海外を渡り歩いていた優秀なビジネスマンが、来る日も来る日も段取りを組む……。うーん、趣味も仕事も変化が大きすぎて、さすがに結構心配になりました。

銀行に勤める友だちも出勤日が減ってしまっていまだに曜日ごとの交代勤務を行っていると言うし、銀行の人は銀行の人で家では「段取りを組んでいる」らしい。段取り流行ってんな。

一方でぼく個人はこの状況はあまり悲観していません。むしろ全然マシじゃんという気持ちが大きい。

たとえば北朝鮮から飛翔体がばんばか飛んできてJアラートにおびえていた日がありましたよね。核ミサイルが頭上で爆発すると、爆風を免れたとしても放射性降下物が数分以内に落ちてきて、分厚いコンクリートの建物か地下に隠れないといけない。しかもアラートが鳴ってスグに。地下鉄は当然混雑しますし、ホテルや病院などの立派な建物も押し合いへし合い、超過密空間になることが予想できます。家に居た人はガンマ線にやられてしまう可能性がある。

あまり褒められた話ではないし、実際開けるには許可が要るし有毒ガスが発生している例もあるので全然ベストな解決策ではないのだけど、ぼくは自宅にマンホールを開ける工具を常備しています(幸い実際に開けたことはない)。

「ガンマ線浴びると危険なので、放射性降下物が落ち着く21日間はそこから出ないで下さい。外出するとしても30分以内にしてください」……とかのほうが全く外に出れない分よっぽどしんどいなと思っているので、この状況なら全然いいじゃんという印象です。

ガンマ線に包まれる世界は想像できないという声が聞こえてきそうなので、またNetflixの話で大変恐縮なのですが、フランスの作品で「into the night」 というドラマを観てみると分かりやすいかもしれません。この作品を観た後ではコロナ禍での生活に対する印象も変わってくるはずです(いい意味で)。

コロナ世界で生きていくためにやっていること

もちろんコロナなんてない方がいいに決まってるけど、別にこの事態は予測できなかったわけじゃないですよね。映画だけでもコンテイジョンに感染列島。フィクションの世界では既に表現されているし、ビル・ゲイツだって2015年に力説していました。

だから特別驚くことでもなくて、たまたま今来たってだけです。

6600万年前、当時繁栄していた恐竜が何らかの影響で絶滅したのとは違い、コロナによって人類が絶滅する可能性はたぶんないです。新型コロナウイルスのような若いウイルスは、学習が足りていないので宿主である我々人間をどうしても攻撃してしまいます。しかし宿主を根絶やしにしては自分たちも増やせません。人間を根絶やしにせずうまく使い倒す。ちょうどいい形で適応するなりウイルスが変化するなりして、人間とウイルスが見かけ上共生の道を歩んでいくと思っています。

人間はもう進化できない

個人的には、人間は進化を否定する方向性に歩んでいると思っています。長期的に見ると、ダーウィンの自然選択説が起こりにくい方向性に進んでいそう。なぜならぼくたち人間は進化することではなく技術や道具を使って生きることを選んだから。医療も技術や道具の進歩によってなしえています。

たとえば、昔はツノの生えた子供が生まれたら、「鬼が生まれた!」と村中が大騒ぎになり、殺して神社に祀っていたそうです。ぼくの地元、大分県にもそういう鬼が祀られている場所がありますが、全国に4社、たぶんあまり知られていない例も含めると実際にはもっとあって、ツノのある子が生まれてきていた確率ってそこそこあると思うんですよね。

で、実際にはちょっと頭蓋骨が変形しているだけなんですが、サイエンスの発達していなかった当時としては、この風習も仕方のなかったことだと思います。鬼こわいし。では今はどうか。医療が発達してしまって、やっぱり殺したり矯正したりしちゃってるじゃないですか。「いやそんなことない」「自分はそういう子供を授かっても矯正しない」

ーーと自信を持って言えるでしょうか。たとえば染色体異常ではどうでしょうか。35歳以上の妊婦が新型出生前診断(NIPT; 血液で子供が生まれる前に)を受けるのも、やっぱり今の世界で「そのほうが生きやすい」とか短期的な理由でしかないと思うんですよね。

豊臣秀吉は指が6本あったと言われていて右手の親指が2本あったそうなんです。

角を持って生まれた子供も6本指も、人間にとって進化だった可能性があります。カンブリア大爆発が起こったときには生命のショーケースのような、さまざまな選択、淘汰が行われました。我々人間はあえて医療という技術を用いてその進化の芽(かもしれないもの)を摘んでいるわけです。もちろん今の文化だと奇異な目で見られたりするほうが個としてリスクが高いので、摘んで正解だと思えます。

生命科学をやっている人には怒られますが、もしかしたら角のある人類や、6本指のある人類しか生存できない未知のウイルス・細菌が出現するかもしれない。何なら新型コロナウイルスだってそうかもしれない(これ書いてる時点でよくわかってないし)。

ぼくたちは生存戦略として進化ではなく技術や道具を使った適応を選んできたのです。今の世界で言う、Uber EatsやZoomがその最たる例です。テクノロジーで解決する方向性を選んだから、種として大きく反映しましたし、外に出て感染症で亡くなるリスクを減らすためにそれらのサービスを使い、今まさに文明を再興しようとがんばっている。テクノロジーで解決していこうという流れの中で、我々人間は今生きている。そう思います。

ぼくらはただ生き方を変えるだけ

だからもしこの新型コロナウイルスが季節性のものになれば、それに合わせて生き方を変えていけばいいんです。夏に収束するウイルスなら、出張やバカンスは夏の間だけ、冬は極力ステイホームしましょうって。去年なら年末年始をハワイで過ごせたのに、冬の間もキャンプができたのに、って過去を振り返ってあの頃は良かったとか思うかもしれないけれど、状況に応じて都度都度考え方を変化させていかなければいけないと思います。

トリケラトプスっているじゃないですか。

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いちおう彼らは爬虫類ですので、なんとなく暖かいところに住んでそうじゃないですか。最近の研究だと、極圏、めちゃくちゃ寒い地域にも済んでいたことがわかってきたんですね。で、北に済むトリケラトプス(の仲間)って羽毛はやしてたそうなんです。

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生きる場所を確保するために、爬虫類が毛を生やす。トリケラトプス意外にもトカゲに毛が生えているところを想像するとぼくは気持ちが悪く感じてしまうんですけども、でも自然界の摂理から考えると至極当然に思えます。

それくらい恐竜ですら黙って極圏の寒さに耐えるために羽毛を生やした。気持ち悪いとか言ってる場合じゃなくて、それが生存のための分かりやすい方法だったからです。

わかりにくい方法とは何か。もしかすると、染色体異常とさえ呼ばれる変化だったり、角だったり6本指だったり、もっと小さな変化ではたとえば国際線ラウンジおじさんも、「何が答えかわからないけれど、生存のため、出口を探しながら変化」していく存在なのかもしれません。その時代の一定期間においては恵まれた生活を送っていたり、栄華を極めて満足していても、それが永続的に続くわけではない。コロナはそんな当たり前のことを教えてくれました。ずっと続くと思っていたのかもしれないけど、それって続かないんですよ。武士だって明治時代以降、華族になれた人もいれば、なれなかった人もいる。国際線ラウンジも同様に先のことは分からなくなってしまった。

変わったことをしないと生き残れない

じゃあどうしたらいいんだよって話になってくるんですけど、溜めているものが失われ変化し続けるる世界線でぼくたちが生きている以上、変わったことをし続けるしか生きる道はないと思っています。

具体的に話すと、これって原始時代から一緒です。生きるために食料を溜め込んでいたけどある原始人は死に、ある原始人は生き残った。これは溜め込んだ食料が腐るものだったか日持ちするものだったかの違いで、それってたまたまなわけです。たまたま日持ちする木の実などのようなものを備蓄していた原始人が生き残っただけで、同じことをしなかった結果、片方は生存につながり、他方は死に至った。

現代でも同じような例はあります。幕末の武士たちは一部が蝦夷に移住し、一部は琉球に移住した。。琉球に行った人たちは軍用地主になってめちゃくちゃお金持ちになっている。一方で蝦夷に行った人たちは開墾が大変だったけど一応地主としていい生活をしている人もいる。

どちらも結果論ですので琉球や蝦夷に移住したところで別になにも変わらない可能性だってあったわけです。でもそれならそれでいいと思う。不安になって薩摩を飛び出して生き延びれたんだから。移住したのは無駄だとしても、そう思えている現状があるだけでありがたいんです。生きるために考えて行動する。日常の延長線にあることとは違う行動を起こしたことに価値があったんです。
情報収集の差が生死を分ける

変わったことをし続けることが重要だという前提はそのままに、生存確率を上げるために必要なのが情報です。

ぼくたち現代人は原始人と違って、Googleで検索すれば今目の前にある食料が腐りやすいものなのかを一瞬で判別できる。検索しなくても、スマホのカメラをかざせば画像認識したAIがおおよその形から目の前の食料の名前すら教えてくれる。今後は情報収集の真贋を見極める、より本能的、生物的なスキルが生死の判断を分けるのかもしれません。

だから皆で情報取得スキルを高めよう!ということを言いたいわけではないのです。これだけ情報が爆増しているのだからわざわざ啓蒙せずとも受け手の情報取得スキルは飛躍的に向上していますし。言う必要はあんまりないかなと。

価値あるものが正しく認められる世界へ

ぼくらもメディアの作り手です。メディアの作り手としてアフターコロナに言いたいのは、やっぱりもう散々言われていることなんですが、「受け手をなめない方がいい」ってことです。いかがでしたかブログもそうだし、文字数を稼ぐだけ稼いだSEO記事もそうだけど、受け手である読者を見ていないものは受け手からも愛されず淘汰されていく運命にあると思っています。未だにそういう記事を作っているケースを見掛けるし、メディアの相談に来て頂けますが本当に意味がない。最終的には淘汰され消えてなくなるはずです。これまで地球の歴史上、簡単に作れるたものは、いとも簡単に消えていきました。

ぼくらの源であるDNAなんて、途方もない試行錯誤が行われているわけです。創造できますか。生命のフラスコである原始地球の海で、タンパク質がたまたまDNAの配列になって複雑な設計図をもとに生命が殖えるようになった瞬間のことを。

悲しい事実ですが、ハンコ判メディアはいまだに量産されつづけています。誰にも惜しまれないような、そんな悲しいコンテンツ作りはもうすべきではないし、ぼくらはしたくもないと思っています(というかたぶんしたことがない)。

時間をかけて作ったものは奪われないしたやすく滅亡しません。

だからこそぼくたちZINEでは人類の生存確率を上げるような意味あるコンテンツ作りをしていきたいし、そういった価値あるものが正しく認められる世界を作りたいと思っています。大変なご時世です。おいしい話に目がくらみそうになる気持ちはわからなくはないけど、それでもやっぱり目先の利益より100万年先の人類生存に寄与していきたい。そう思っています。